フィッシャーマンのためのフィッシングカフェ


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第1章 フライフィッシングの夜明け・・・・鱒釣りの聖地 奥日光

第1章 フライフィッシングの夜明け・・・・鱒釣りの聖地 奥日光

明治維新によって広く欧米に門戸を開いた日本では、その後、上流階級の子弟が次々に留学へと旅立っていった。
欧米の文化、技術を学び、一刻も早く日本がそれに追いつくことを願う、向学心に燃えた若者たちである。
しかし、彼らが持ち帰ったのは政治や経済、科学の先進情報だけではなかった。
欧米上流階級の生活様式や価値観、余暇の過ごし方も身につけて帰国したのだ。
趣味や遊びを通じて友好を深め、それを事業や政治に活かすという流れは、古今東西珍しいものではないが、その子弟たちは日本になかったフライフィッシングやゴルフなどを嗜むようになっていたのだ。
鹿鳴館でダンスを踊りながら文明国であることをアピールしたり、各国外交官との交遊を図ったのは有名な話だが、こういった趣味などが果たす役割も見逃すことはできない。
そんな日本の上流階級の人々が奥日光の地にマス釣りの桃源郷を見出した。それが丸沼であった。

明治時代初頭、すでにニジマスなどの養殖、放流が行なわれていた丸沼は、周囲を豊かな緑で覆われ、その清冽な湖水は水源をほぼ湧水に依存という恵まれた環境にあった。
海抜千mを優に超すその気候は夏でもさわやかで、高温多湿の首都東京に暮らす彼らにとっては絶好の避暑地でもあった。
丸沼は標高1430mという高地にあって、周囲のほとんどが私有地のため、豊かな自然が残されてきた。
他の主な湖と比べても、芦ノ湖が標高723m、河口湖が833m、中禅寺湖でさえ1269mだから、丸沼の高さが理解できるだろう。つまり芦ノ湖の約2倍の高地にあるわけだ。

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今から100年前の大正元年(1912年)、当時の政実業家たちの親睦団体である「東京倶楽部」の釣り好きによって「丸沼鱒釣倶楽部」が生まれた。
今村繁三、赤星鉄馬、土方寧、西園寺八郎、伊集院子爵、飯島魁、加藤男爵、岩崎小弥太、古川虎之助、鍋島桂次郎などが主なメンバーであった。

この地で日本におけるマス釣りの歴史が幕を開けたのである。


※東京倶楽部

今から百数十年前、日本が日英修好通商条約の改正に取り組んでいた時代に話はさかのぼる。
イギリスの駐日大使ハリー・パークスがビクトリア女王に宛てて「日本は紳士が集う社交クラブがない野蛮国」といった内容の書簡を送ったという情報を聞きつけた明治天皇が、イギリスに留学経験のある伊藤博文から社交クラブに関する情報を集め、外務卿で鹿鳴館の設立者井上馨に命じて作らせ、「内外人の交際を一層親密ならしめんとの旨趣」が鹿鳴館の設立意図とも重なる事から、同館の一室に拠点を置いた。
設立当初の会員は75人。明治天皇から数万円の御内帑金を受けている。
1908年(明治41年)に社団法人として認可され、1912年(大正元年)に麹町(現・霞が関)の国有地に赤レンガのビルを建築し、拠点を移動。
                                                 (ウィキペディア 引用)
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by kftkubo | 2012-02-18 15:06 | フライフィッシングの夜明け | Comments(0)