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第4章 中禅寺湖には、明治期に入る前まで全く魚はいなかった。

第4章 中禅寺湖には、明治期に入る前まで全く魚はいなかった。

 中禅寺湖は男体山噴火によるせき止め湖で華厳の滝が魚の遡上を阻んだ。
また、宗教上の聖地として殺生を禁じたため魚の棲まない湖だった。
 鎌倉時代に善かれた『続古事談』によると、下野国二荒山の頂にある中禅寺湖は清く澄みわたり、湖岸は樹林で囲まれている。
水面には木の葉ひとつ浮かべてなく、魚影を見ることができないと書かれている。
江戸期の『日光山志』や『遊中禅寺記』でもほぼ同じ記述である。

星野定五郎と大島藤三郎
 1873年(明治6年)に、当時の二荒山神社の宮司であった柿沼広身がこの宗教的戒律を解いて中禅寺湖への魚類の放流を許し、日光・細尾の住人星野定五郎が附近のイワナ2,200尾を最初に放流した。
 1876年(明治9年)、星野五郎平が赤腹魚を移殖した記録がある。
これはウグイのことであろうと推察されるが、その放流数は不明である。
ウグイは、適応性が強く、自然繁殖によって旺盛に繁殖したものであろう。
現在の生息状況をみると、その繁殖力は驚異的である。
毎年6月頃、中禅寺湖漁業協同組合では「アイソ祭り」を行い、観光客に串焼きのウグイを提供して好評を得、年中行事として定着している。
アイソとは栃木県地方におけるウグイの呼び名である。
 その後、二荒山神社の宮司や農商務省水産局がさまざまな淡水魚の放涜を試みた。
明治年代において、ビワマス(アメノウオ)が琵琶湖から、ニジマスがカリフォルニア州(アメリカ合衆国)から、カワマスがコロラド州(アメリカ合衆国)から、ヒメマスが北海道の支笏湖と秋田県の十和田湖から移殖した。
やがて中禅寺湖は、とくにサケ科淡水魚類の繁殖地として日本を代表する湖となっていった。
 明治十八年三月二四日付で「東京日日新聞」が次のような記事を載せている。
星野定五郎が中禅寺湖に放った五~六寸ばかりのイワナは、魚類は生息できないという従来の見方に反して繁殖を続けていた。
成長も思いのほか早く、県の官吏が出張して確かめたところ、すでに一尺五寸から三尺の大きさに達している。
中禅寺湖は禁漁とされているが、もし漁業を行なえば容易に数万尾を捕獲できると県に報告した。
中禅寺湖は古来、奥日光二荒山神社の境内に属しており、すべての殺生が禁じられていた。
しかし、このような記事が報じられ、湖に魚の姿が増え始めると、地元では密漁者が相次ぐようになった。
大島藤三郎は、密漁に深く心を痛めていた。
大島藤三郎は上州生まれ、幕末の混乱期に日光に移り、大島家の養子となった元武士である。
明治五年の学制発布の時から日光鉢石学舎清滝村分校で教鞭をとり、分校のあった細尾村の世話役、星野定五郎とは親しい間柄だった。
星野定五郎のイワナ放流に刺激されたのか、やがて山間僻地の中禅寺湖畔へ移り、土地の子どもたちに読み書きや算術、剣術などを教えながら日々を送っていた。
 明治十九年、大島藤三郎は、神の湖・中禅寺湖が密漁という犯罪の発生地になっているなら、皆の手で魚を育て、守り、合法的に漁獲する方法はないものだろうかと考えた。
土地の有志と話し合い、関係官庁を奔走して、魚の採卵、養殖などを行なうことを条件に、ついに漁獲が許可された。
大島藤三郎はただちに中宮嗣幸湖(中禅寺湖)漁業組合を創立し、漁業に着手した。
組合の総代に就いた大島藤三郎は、それからも中禅寺の漁業の発展のために奔走を続ける。
 明治二三年には東京・上野公園で開かれた第三回内国勧業博覧会に、米国種と日本種の鱒の剥製を多数出品して注目を集めた。
また、小松宮彰仁親王が会頭を務める水産伝習所の生徒を中禅寺湖に受け入れ、自ら講師として実習の指導をしている。

(「日光避暑地物語」福田和美 著 及びウィキペディア(Wikipedia)より引用)

PCにて検索をしていると出てきました。
中禅寺湖には、明治期に入る前まで全く魚はいなかったこと。
中禅寺湖に最初に岩魚とアイソ(ハヤ)を放流した人物は星野定五郎。
いつも入漁券を買っていた大島商店の先祖が中禅寺湖漁協を作った大島藤三郎だったこと。
中禅寺湖に放流されたイワナが最大で三尺(90cm)に成長したこと。
中禅寺湖がサケ科淡水魚類の繁殖に適していたこと。
琵琶湖のビワマス(アメノウオ)がホンマスの、北海道の支笏湖と秋田県の十和田湖のヒメマス、カリフォルニア州(アメリカ合衆国)のニジマス、コロラド州(アメリカ合衆国)のカワマスが中禅寺湖のサケ科淡水魚類のルーツだったこと。
明治二三年には東京開かれた第三回内国勧業博覧会に中禅寺湖の鱒の剥製を多数出品して注目を集めたこと。

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by kftkubo | 2012-03-04 20:19 | フライフィッシングの夜明け | Comments(0)