フィッシャーマンのためのフィッシングカフェ


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第13章 丸沼鱒釣俱楽部のメンバーたち(5)・・・「飯島 魁」

第13章 丸沼鱒釣俱楽部のメンバーたち(5)・・・「飯島 魁」

飯島魁(いいじま・いさお)
静岡の偉人
遠近国浜松(静岡県浜松市)生まれ。
文久元年(1861)6月17日-大正10年(1921)3月14日 80歳

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動物学者、魚類学者。
最初の動物学研究留学生。

開成学校を経て明治11年(1878)東京大学理学部生物学科に入学。
卒業後、お雇い外国人教師モースおよびホイットマンらの指導を受け、卒業後はドイツ・ライプチィヒ大学に留学。
日本最初の動物学研究留学生だった。
帰国後、明治19年(1886)東京帝国大学理科大学動物学教授、明治24年(1891)理学博士。
明治37年(1904)三崎臨海実験所所長(初代所長・箕作佳吉の死去をうけて第二代所長)。
おもに寄生虫類などを研究し、その感染経路を明らかにした。
広節裂頭条虫(こうせつれっとうじょうちゅう)の感染源の研究にあたり、自ら幼虫を試食し、体内で幼虫が発育して母虫となることを実証したというエピソードが残る。
明治21年(1888)に著した『人体寄生動物編』は、日本寄生虫学の原典となった。

また、明治24年(1891)鳥の和名を研究集成した『日本の鳥目録』を著し、鳥類学の草分けともなった。
明治45年(1912)5月、日本鳥学会を創設し初代会長をつとめるなど、日本における近代鳥類学の指導者であった。
さらに、動物学の教科書『動物学提要』を著し、この本はわが国における動物学の基礎を築いた名著とされている。
日本における水族館の発展にも貢献。
「日本の水族館の父」と称されている。

考古学にも興味を持ち、師モースの大森貝塚の発掘に参加した。
のち、陸平貝塚を発掘調査をして、大森貝塚とは異なる縄文土器の存在を明らかにした。


雨読晴釣山人(ペンネーム)について、本名 綾井 忠彦、日本釣魚連盟理事長の雑誌「釣の研究」昭和6年8月号に掲載されたもの。
「~奥日光湯本の鱒と白浜の黒鯛~」について

「不幸にして鑑札(勿驚一日四円)の時間が朝の八時から午後の五時ときめられて居り、監守の先生が馬鹿に宮内省カゼを吹かすので、肝心な日暮にやる事が出来ぬ。
併し裏には裏がある。
帝大教授理学博士の何某とか、法学博士何の誰とか云う御歴々が来ると、監守先生は必ず之を大目に見る様だから、山人は其御相伴をするか、づうづうしく其近所に行きてナイナイ其恩恵に浴した事もあるが、それは三ヶ月間の中で只二三回丈であった。」

前年昭和5年夏の76日間を子どもの皮膚病の温泉療法のために湯元で過ごした際の鱒釣り三昧を語っている。
鑑札が高すぎる、監視人がヤカマシイ(そのくせ帝大教授などには甘い)、餌釣りを禁じて毛鈎のみとせよ、尾数制限を設けよ、などなど悪く言ってしまえば「言いたい放題」、あえてFLY FISHERとしての身内びいきで言えば「進歩的」と思える発言が多々である。
こうした挑発的とも思える表現が綾井氏の持ち味であるようだ。
でもどこか憎めない。
なお、文中の帝大某理学博士は飯島魁氏、某法学博士は土方寧氏ではないかと思われる。
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by kftkubo | 2012-06-09 10:01 | フライフィッシングの夜明け | Comments(0)