フィッシャーマンのためのフィッシングカフェ


by parlett

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30

カテゴリ

全体
フライフィッシングの夜明け
カズさんからの手紙
野生魚を追え!!
フライ フィッシング
フライ タイイング
河川の放射能汚染
未分類

最新の記事

サクラマスの一生
at 2014-12-21 16:55
野生魚を追え!! - 川のラ..
at 2014-10-25 07:36
鬼怒サケ
at 2014-10-12 07:46
鱒釣りの聖地巡礼 その3 湯ノ湖
at 2014-08-06 21:30
カズさんからの手紙 54  ..
at 2014-07-14 09:20
鱒釣りの聖地巡礼 その2 大谷川
at 2014-06-22 21:30
カズさんからの手紙 53 3..
at 2014-06-18 17:52
カズさんからの手紙 52 先..
at 2014-06-12 19:40
鱒釣りの聖地巡礼 その1 中..
at 2014-06-08 20:30
カズさんからの手紙 51 2..
at 2014-05-24 06:32

以前の記事

2014年 12月
2014年 10月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 08月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月

ファン

お気に入りブログ

shakerの軽井沢 F...
グリースドラインで釣り日記!
ギフの山猿「フライ日記」
渓流の近くで一泊
Down & Across
Metropolitan...
高太郎の箸休め
Uncle's Cafe
ゾウさんのHotひと息
Cloud Number 9
CURTIS CREEK 情報
つっちーのフライフィッシ...
Camel Blog
毛鉤人のViva,FF
陸に上がってた☆Flyman!
Highland Can...
Tokyo/Naha C...
ajax_spey diary
いないなのホビーハウス
和尚exさんのまんぷく日記♪
森のフィッシュ魚ッチング
~BQイッチー フィール...
ふらい人 / Towar...
amaneiro
春が来た

外部リンク

LINK

タグ

ライフログ

最新のコメント

貴重な情報ありがとうござ..
by kftkubo at 11:33
中禅寺湖南岸の放射線量率..
by 栃木還暦 at 17:14

最新のトラックバック

http://while..
from http://whileli..
http://www.v..
from http://www.val..

検索

その他のジャンル

ブログパーツ

記事ランキング

ブログジャンル

釣り
アウトドア

画像一覧

関東近県の渓流魚の放射性物質検査とその顛末

関東近県の渓流魚の放射性物質検査とその顛末

放流時期と食物連鎖の謎?
3月のヤマメ、イワナの渓流釣り解禁を直前に控え渓流魚の放射能汚染調査の指示が国から出て各都県でヤマメ、イワナの放射性物質検査が行われたらしい。
その結果を下記に抜粋してみた。

岩手県 
砂鉄川  ウグイ 240ベクレル/kg
矢作川  ウグイ 225ベクレル/kg
矢作川  イワナ 155ベクレル/kg
砂鉄川  ヤマメ 113ベクレル/kg
矢作川  ヤマメ 88ベクレル/kg  

群馬県 
桜川 ヤマメ 299ベクレル/kg
沼尾川 ヤマメ 336ベクレル/kg
烏川 イワナ 166ベクレル/kg
薄根川 ヤマメ 257ベクレル/kg

栃木県 
小百川 イワナ 269ベクレル/kg
荒川  ヤマメ 224.9ベクレル/kg
那珂川 ヤマメ 202.7ベクレル/kg
箒川  ヤマメ 155.7ベクレル/kg 

東京都 
秋川  ヤマメ 81ベクレル/kg

神奈川県 
本谷川 ヤマメ 33ベクレル/kg
系狩川 ヤマメ 27ベクレル/kg
皆瀬川 ヤマメ 37ベクレル/kg

埼玉県 
中津川 ヤマメ ND(20Bq未満) 
有間川 ヤマメ ND(20Bq未満) 

山梨県 
桂川 ニジマス ND(8Bq未満)
小菅川 イワナ ND(8Bq未満)
須玉川 アマゴ ND(8Bq未満)

(上記データはフライの雑誌社記事を引用)

福島原発に近い栃木県の数値が飛び抜けて高い。
しかし、栃木県と埼玉県で数値が違いすぎる。
福島原発事故が発生してから今日までの関東近県の放射性物質の大気中への拡散分布と今回の渓流魚の放射性物質検査の結果は整合性が取れているのだろうか。
例えば、卵から孵ってその河川で数年生息し水生昆虫を食べて成魚となり、今回捕獲されたほぼ天然魚の検体と、3月1日の渓流解禁に合わせて養魚場で人工飼料を食べて成魚となり最近成魚放流された検体とで、放射性物質の検出量に差異は現れるのか。
関東近県の昨年7月、8月、9月のアユの検体の放射性物質検査の結果などと比較してみて整合性は取れているのか。
今後も定期的な検体の検査を望む。
いくつかの疑問は残るが、放射性物質検査の検査で4月1日からのセジウムの新規制値である100ベクレル/kgを超えた栃木県から渓流解禁延期の要請のあった多くの漁協が3月からの渓流解禁を延長した。

6月には内水面の釣りの中心であり、人気のあるアユの解禁も控えている。
問題はこれからのように思われる。
[PR]
# by kftkubo | 2012-02-27 14:58 | 河川の放射能汚染 | Comments(0)

本当に河川は安全か?・・・渓流解禁に暗雲

本当に河川は安全か?・・・渓流解禁に暗雲
2月24日 栃木県からの公表及び 2月25日 下野新聞の朝刊の記事から栃木県の各河川の渓流解禁に暗雲がかかってきた。

以下、栃木県からの公表。
魚類の放射性物質モニタリング検査結果
放射性物質の河川の魚類への影響を確認するため、2月20日から24日にサンプリングを実施した魚類について、2月24日、その検査結果が判明しましたので報告します。
今回の検査では、那珂川(那須塩原市板室)、箒川(那須塩原市金沢)、荒川(塩谷町上寺島)、西荒川(塩谷町上寺島)、大谷川(日光市町谷)、小百川(日光市小百)で採捕したヤマメ6検体及び小百川(日光市小百)で採捕したイワナ1検体並びに西荒川(塩谷町上寺島)で採捕したニジマス1検体、合計8検体を対象としました。
その結果、全ての検体で厚生労働省の定めた暫定規制値は下回るものの、那珂川(那須塩原市板室)、箒川(那須塩原市金沢)、荒川(塩谷町上寺島)、西荒川(塩谷町上寺島)、小百川(日光市小百)で採捕したヤマメ及びイワナについて、4月に施行予定の食品衛生法における基準値(100Bq/Kg)を上回る放射性セシウムが検出されました。
この結果を受けて、2月24日、関係漁業団体に対して、県内の次の河川における渓流魚(ヤマメ、イワナ及びニジマス)の解禁延期を要請しました。

1.那珂川本支流(武茂川本支流を除く)
2.鬼怒川本支流(道谷原発電所取水堰堤から上流及び華厳滝落口から上流の区域を除く)
(2012年2月24日 栃木県 公表)

以下、下野新聞の記事。
那珂川、鬼怒川本支流にも延期要請 渓流釣り解禁で県
県農政部は24日、那須塩原市の那珂川、箒川(塩原ダムから下流)、塩谷町の荒川、西荒川、日光市の小百川の5河川で採取したヤマメ、イワナから1キロ当たり100ベクレルを超す放射性セシウムを検出した、と発表した。
このため武茂川本支流を除く那珂川本支流と未調査の一部を除く鬼怒川本支流で、3月から4月にかけて予定されていた渓流釣り解禁を延期するよう、管轄する漁協4団体に要請した。
現行500ベクレルの放射性物質暫定基準値が、4月に新基準値の100ベクレルに引き下げられるのに伴う措置。鬼怒川、那珂川の両水系の大部分で解禁が延期される見通しとなり、本格的な渓流釣りシーズンを前に打撃は大きい。
サンプル採取は20~24日。新基準値を超えたのは、ヤマメで那珂川202・7ベクレル、箒川155・7ベクレル、荒川224・9ベクレル、西荒川185・5ベクレル、小百川215・7ベクレル。イワナは小百川で269・0ベクレルだった。
解禁延期の要請対象は、那珂川北部、中央、南部、茂木町漁協でつくる那珂川漁協連合会(3月1日解禁予定)、県鬼怒川漁協(3月1日解禁予定、東古屋湖は3月3日、大谷川は4月1日)、県鬼怒川南部漁協(3月1日解禁予定)、今北漁協(3月21日、一部3月1日解禁)の4団体。
支流の小百川が対象となったため、鬼怒川本流も含まれた。
鬼怒川の日光市高徳の道谷原発電所取水堰堤から上流と華厳滝落口から上流区域は、今後調査に着手する。
県は、今後1~2週間間隔で検査し、3回連続で新基準値を下回れば、解禁延長を解除するとしていた。
しかし対象河川の範囲が広がったため、漁協など関係機関と協議の上で、あらためて日程などを詰める。
(2月25日 朝刊 下野新聞 引用)

福島原発の事故による放射能汚染は関東甲信越・東北地方の大気中に大量の放射性物質を放出した。
この大気中に大量の放射性物質が関東甲信越・東北地方の山林の木々に付着した。
風が吹き、雨が降り、雪が降り雪解け水が河川に流れ込んでくる。
河川敷、川底には放射性物質が堆積していく。
川底には水生昆虫の幼虫が生活している。
この水生昆虫を渓流魚は捕食している。
渓流魚のサンプリング調査をしたらほとんどの河川のほとんどの渓流魚に規定値に関係なく放射性物質が確認されている。
今後都市部及び人間が居住する地域の除染は進むかもしれないが、関東甲信越・東北地方の人間が居住しない山間部の除染はどうなるのか。
放射性セシウムの半減期が数十年とのことなので、一過性のことではない。
渓流は本当に大丈夫なのだろうか?
[PR]
# by kftkubo | 2012-02-25 09:06 | 河川の放射能汚染 | Comments(0)

本当に河川は安全か?

本当に河川は安全か?

環境省 水・大気環境局水環境課が平成23年12月16日に発表している「栃木県内の公共用水域における放射性物質モニタリングの測定結果について」という資料について、下野新聞の12月17日 朝刊に下記のような記事が出ていた。

那須の湯川河川敷で17000ベクレル 環境省の放射性セシウム調査 ほぼ県内全域で検出
環境省は16日、東京電力福島第1原発事故を受け、県内の河川や湖沼、地下水を対象に10月に実施した放射性セシウムの測定結果を発表した。
河川敷の土壌からは、湯川橋右岸(那須町)で1キログラム当たり1万7千ベクレルを検出したのを最高に、ほぼすべての地点で検出され、那須や日光などで比較的、値が高かった。
川底からは板穴川末流(日光市)で4900ベクレルを検出したのが最高で、検出されない地点もあった。
水質調査では、1ベクレルが検出された黒川の新田橋(那須町)以外はすべて検出されなかった。
河川敷や川底の土壌に放射性セシウム濃度の基準はないが、同省は下水汚泥の焼却灰のうち8千ベクレルを超え10万ベクレル以下のものは飛散防止措置を講じるなどして管理型処分場に埋め立てる方針を示している。
環境省は「河川敷で高い値が出た地点は、降り注いだ雨に放射性物質が含まれていたことが影響した可能性がある。
放射性物質は水より泥に吸着しやすく、川底の泥などの濃度が高くなっている」としている。
調査地点は県内全域で河川107、湖沼8、井戸38。河川敷の土壌で濃度が高いのは、湯川橋右岸に次いで箒川の堰場橋左岸(那須塩原市)の1万1600ベクレル、大谷川の開進橋右岸(日光市針貝)の8700ベクレル。
川底の土壌は、板穴川末流に次いで西鬼怒川橋周辺(宇都宮市)の1520ベクレル、内川の田中橋周辺(矢板市)の1440ベクレルの順で濃度が高かった。
湖沼は、湖底の土壌が五十里ダムの4400ベクレル、湖畔が塩原ダムの3400ベクレルが最高値だった。
(2011年12月17日 朝刊) (下野新聞 引用)

環境省の資料を見てみると、水質モニタリング結果から川を流れている水からの放射性物質の検出は報告されていない。
しかし、底質モニタリング結果、周辺環境(河川敷)モニタリング結果からは下野新聞の記事の放射性物質が検出されていた。
これは流れている水には放射性物質は少ないが、河川敷や川底には大量の放射性物質が堆積していると考えられる。
山林に雨が降り、風が吹き、雪が積もり、雪解け水が河川に流れてくると山林にあった放射性物質が河川敷や川底にさらに堆積し河川が放射性物質のホットスポットになるのではと心配だ。
[PR]
# by kftkubo | 2012-02-24 17:44 | 河川の放射能汚染 | Comments(0)

渓流は福島原発事故から復活できるのか?

関東甲信越・東北の渓流は福島原発事故から復活できるのか?

2月22日の読売新聞 栃木版に栃木県の複数の漁協が採取した渓流魚の放射能検査をした結果、放射性物質が測定されたとの記事が載っていた。

(2012年2月22日 読売新聞 引用)
ヤマメから100ベクレル超セシウム 粟野川など
栃木県、渓流釣り解禁延期要請
県は21日、淡水魚2品目計6検体(14~17日採取)の放射性物質検査で、粟野川(鹿沼市入粟野)、渡良瀬川(日光市足尾町)、箒川(那須塩原市中塩原)のヤマメから1キロ・グラムあたり100ベクレルを超える放射性セシウムが検出されたと発表した。
国が4月から適用予定の新規制値は同100ベクレルとなるため、県は関係漁業団体に対し、渓流釣りの解禁を延期するよう要請した。
ヤマメから検出された放射性セシウムは、粟野川で248ベクレル、渡良瀬川で162・6ベクレル、箒川で106・1ベクレル。
県は、渓流釣りに人気がある箒川(塩原ダム上流部分)、渡良瀬川上流(足尾町地区内)、粟野川、南摩川を対象に解禁を延ばすよう要請。
漁業団体が3月1日以降に順次、解禁を予定していたが、新規制値の適用が4月に迫っており、県は現場の混乱を招かないようにすることを優先したという。
県は来週以降、検査をそれぞれ改めて実施し、3回連続で100ベクレル以下となれば延期要請を解除する。
箒川のヤマメは今回、大幅に厳しくなる新規制値をわずかに上回った。
塩原漁業協同組合(那須塩原市)の坂内正明組合長は「ルールだから仕方ないが、残念だ」とした上で、「解禁してもお客さんが来てくれるだろうか」と心配していた。
このほか、秋山川(佐野市秋山町)と武茂川(那珂川町大内)のヤマメから42・3ベクレル、15・5ベクレルの放射性セシウムをそれぞれ検出。箒川(那須塩原市塩原)のニジマスからは検出されなかった。



私たち人類は大変な時代に突入してしまったのかもしれない。
[PR]
# by kftkubo | 2012-02-23 17:17 | 河川の放射能汚染 | Comments(0)

第2章 丸沼鱒釣俱楽部のメンバーたち(1)・・・「今村 繁三」

第2章 丸沼鱒釣俱楽部のメンバーたち(1)・・・「今村 繁三」

キーワードは、「三菱」にゆかりのある「成蹊学園創設」と「中村春二」「今村繁三」「岩崎小彌太」

c0239720_14143816.jpg

                           中村春二
c0239720_14123710.jpg

                           今村繁三
c0239720_1413334.jpg

                           岩崎小彌太


今村 繁三
(いまむら しげぞう)
1877年(明治10年) - 1956年(昭和31年)4月19日
横浜生まれの実業家、銀行家。

家族
父は、今村銀行(後の第一銀行)や角丸証券(現・みずほインベスターズ証券)を創立した今村清之助。
全国の鉄道会社の設立にあたり、鉄道王として有名。
東京株式取引所の設立に尽力した一人でもある。

妻は、新田忠純の二女・俊子である。

経歴
1887年(明治20年)- 慶應義塾幼稚舎入学
1891年(明治24年)- 東京高等師範学校附属中学校(現・筑波大学附属中学校・高等学校)入学
1896年(明治29年)- 東京高等師範学校附属中学校(現・筑波大学附属中学校・高等学校)卒業後、渡英しリース校に入学
1899年(明治32年)- リース校を卒業し、ケンブリッジ大学入学
1902年(明治35年)- ケンブリッジ大学卒業。父の清之助が病没し、26歳で今村銀行の頭取に就任 。家督を相続。
1906年(明治39年)- 成蹊学園の前身である成蹊園(学生塾)開設当初から中村春二を支援
1908年(明治41年)- バチエラー・オブ・アーツの学位を受ける。

帰国後実業界に入る。
今村銀行頭取・汽車製造・熱帯産業・日東拓殖農林各取締役。
第一生命保険・東洋織布等の監査役。
中村春二・岩崎小弥太らと成蹊学園創立に尽力。

1919年(大正8年) - 成蹊学園理事

大正期前後に画家や小説家を援助。

1935年(昭和10年)- 東京成蹊高等女学校理事長
1956年(昭和31年)- 80歳で逝去

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



「三菱」にゆかりのある「成蹊学園創設」と「中村春二」「今村繁三」「岩崎小彌太」

私学には創立者の精神を色濃く引き継いでいるところが多い。
福沢諭吉の慶應義塾、大隈重信の早稲田、新島襄の同志社…。
三菱にゆかりのある成蹊学園もまた創立者中村春二(はるじ)の教えを受け継いだ多くの卒業生を世の中に送り出している。

明治29年(1896)に東京高等師範(現筑波大学)附属中学校を卒業した3人の少年がいた。
中村春二、著名な国文学者中村秋香(あきか)の長男。
今村繁三(しげぞう)、今村銀行の御曹司。
それに岩崎小彌太、三菱財閥の総帥岩崎彌之助の長男である。

入学したときの校長は山川浩男爵で会津武士の末裔。
途中で代わった嘉納治五郎校長は講道館の開祖。
ともに武士道の精神を説いた。
多感な少年たちは当然影響を受けた。

中村と岩崎は第一高等学校に進み、哲学にふけり、人間性を探求し、自由主義・個人主義の理想に燃えた。
その後中村は東京帝国大学の国文科に進んだ。
岩崎は同じく英法科に進んだが中退してケンブリッジ大学に留学した。
そこには、中学を卒業するとすぐ英国に留学した今村がいた。

中村は帝大を卒業すると嘉納校長の招きで母校の教壇に立つ。
単なる授業だけでなく教え子の生活全般に体当たりで接する中村は、さらに一歩進めて学生塾を持ちたいと考えるようになった。

英国から戻り家業の銀行を継いでいた今村が資金提供を申し出た。
英国の個性を尊重する教育に心酔していた今村は、中村の追い求める理想に共感したのだった。
明治39年、本郷区(現文京区)西片町の中村の自宅に学生塾成蹊園が発足した。


※今日の成蹊学園へ発展

「成蹊」は、司馬遷(しばせん)の「桃李(とうり)もの言わざれども下おのずから蹊(みち)を成す」から来ている。
徳のある人のところには自然に人が集まるという意味である。

明治41年、英国から帰国して三菱合資会社の副社長になっていた岩崎小彌太も中村支援に加わった。
人格・学問・心身にバランスの取れた人間教育の実践。
中村は駒込富士前町に宿舎を移し、今村と岩崎の更なる支援を得ると、池袋に成蹊実務学校を設立した。

岩崎の支援は資金だけではなく社会への橋渡しもあった。
三菱は多くの成蹊卒業生を積極的に受け入れた。
中村にあてた書状に「本年度卒業生採用の件、ほぼ決定の運びと相成り候ところ…その中の一、二名は三菱以外の会社にて採用する方が学校の将来の為に良からんと判断、郵便会社に一名、横浜正金銀行に一名採用の交渉致すことと致し候…」とある。

元成蹊実務学校校長児玉九十によると、中村は教職員に「平凡に徹底すること」を説いた。
個性を育てるという高邁な理想の実現には日ごろが大切という意味である。

大正に入って、中学校、小学校、実業専門学校、女学校が創立され、8年(1919)には財団法人成蹊学園が設立された。
が、好事魔多し、吉祥寺に8万坪の土地を得て移転するという大正13年の始め、中村は病没してしまう。
46歳の若さだった。

しかし、中村の理念はしっかり受け継がれた。
緑多い武蔵野のキャンパスで、成蹊学園は自由主義、個人主義をモットーに、多くの豊かな個性を育み、多彩な人材を世に送り出してきた(※)。
それは小学校から大学院までの総合学園になった今日も変わらない。

(So-netブログ 「落合道人」より引用)

ここで「今村繁三」と「丸沼鱒釣俱楽部」の直接のつながりは見つからなかったが、「今村繁三」と「岩崎小彌太」が学友であり「岩崎小彌太」・「三菱」とのつながりは見つかった。

さらに時代をさかのぼってみることにする。
キーワードは「三菱」

「三菱」といえば創業者「岩崎 弥太郎」・「亀山社中」・「坂本竜馬」・「グラバー」
[PR]
# by kftkubo | 2012-02-21 14:23 | フライフィッシングの夜明け | Comments(0)

第1章 フライフィッシングの夜明け・・・・鱒釣りの聖地 奥日光

第1章 フライフィッシングの夜明け・・・・鱒釣りの聖地 奥日光

明治維新によって広く欧米に門戸を開いた日本では、その後、上流階級の子弟が次々に留学へと旅立っていった。
欧米の文化、技術を学び、一刻も早く日本がそれに追いつくことを願う、向学心に燃えた若者たちである。
しかし、彼らが持ち帰ったのは政治や経済、科学の先進情報だけではなかった。
欧米上流階級の生活様式や価値観、余暇の過ごし方も身につけて帰国したのだ。
趣味や遊びを通じて友好を深め、それを事業や政治に活かすという流れは、古今東西珍しいものではないが、その子弟たちは日本になかったフライフィッシングやゴルフなどを嗜むようになっていたのだ。
鹿鳴館でダンスを踊りながら文明国であることをアピールしたり、各国外交官との交遊を図ったのは有名な話だが、こういった趣味などが果たす役割も見逃すことはできない。
そんな日本の上流階級の人々が奥日光の地にマス釣りの桃源郷を見出した。それが丸沼であった。

明治時代初頭、すでにニジマスなどの養殖、放流が行なわれていた丸沼は、周囲を豊かな緑で覆われ、その清冽な湖水は水源をほぼ湧水に依存という恵まれた環境にあった。
海抜千mを優に超すその気候は夏でもさわやかで、高温多湿の首都東京に暮らす彼らにとっては絶好の避暑地でもあった。
丸沼は標高1430mという高地にあって、周囲のほとんどが私有地のため、豊かな自然が残されてきた。
他の主な湖と比べても、芦ノ湖が標高723m、河口湖が833m、中禅寺湖でさえ1269mだから、丸沼の高さが理解できるだろう。つまり芦ノ湖の約2倍の高地にあるわけだ。

c0239720_14571363.jpg


今から100年前の大正元年(1912年)、当時の政実業家たちの親睦団体である「東京倶楽部」の釣り好きによって「丸沼鱒釣倶楽部」が生まれた。
今村繁三、赤星鉄馬、土方寧、西園寺八郎、伊集院子爵、飯島魁、加藤男爵、岩崎小弥太、古川虎之助、鍋島桂次郎などが主なメンバーであった。

この地で日本におけるマス釣りの歴史が幕を開けたのである。


※東京倶楽部

今から百数十年前、日本が日英修好通商条約の改正に取り組んでいた時代に話はさかのぼる。
イギリスの駐日大使ハリー・パークスがビクトリア女王に宛てて「日本は紳士が集う社交クラブがない野蛮国」といった内容の書簡を送ったという情報を聞きつけた明治天皇が、イギリスに留学経験のある伊藤博文から社交クラブに関する情報を集め、外務卿で鹿鳴館の設立者井上馨に命じて作らせ、「内外人の交際を一層親密ならしめんとの旨趣」が鹿鳴館の設立意図とも重なる事から、同館の一室に拠点を置いた。
設立当初の会員は75人。明治天皇から数万円の御内帑金を受けている。
1908年(明治41年)に社団法人として認可され、1912年(大正元年)に麹町(現・霞が関)の国有地に赤レンガのビルを建築し、拠点を移動。
                                                 (ウィキペディア 引用)
[PR]
# by kftkubo | 2012-02-18 15:06 | フライフィッシングの夜明け | Comments(0)

オイカワと戯れて 

オイカワと戯れて 

昨年の11月に18年ぶりにフライフィッシングを再開した。
昔使っていた釣道具を屋根裏部屋から引っ張り出し,歩いて5分くらいの近場の川へ行ってみた。
狙うはオイカワ。

予想に反して2時間弱で10数匹のオイカワがヒットした。

c0239720_16415372.jpg


まだ、魚釣りの神様は私を見捨てていないようだ。
[PR]
# by kftkubo | 2012-02-17 16:57 | フライ フィッシング | Comments(0)